18:34 24-11-2025

ヤルンツァンポ峡谷完全ガイド: 世界最深の川谷とヒマラヤの地史・聖地・開発問題大カーブとナムチャ・バルワの謎

チベットのヤルンツァンポ峡谷は、ブラフマプトラ上流がヒマラヤを貫いて刻んだ世界最深の谷。大カーブやナムチャ・バルワ、聖なる滝の伝承、カヤック遠征史、氷河由来の岩粉や凍結破砕、巨大流量による侵食機構、水力発電計画まで詳説。アクセスの難しさやキャニオンとゴージの定義論争、地域文化と保全の課題も網羅。必読の案内。

何世紀ものあいだ、チベットの人びとは、世界でも屈指の人里離れた谷に外部の者を入れまいとしてきた。地球上で最も高い山々が連なるこの地で、のちに「川のエベレスト」と異名をとる大河がヒマラヤをこじ開け、巨大な岩の切れ目――ヤルンツァンポ峡谷――を刻んだ。

立ち入りが難しい現状は今もあまり変わらないが、ひとつだけ確かなことがある。ここはチベット高原の縁に寄り添う、地上で最も深い陸上の峡谷だ。静かに物語を引っ張る主役は、この川にほかならない――そう感じずにはいられない。

上流域の聖なる川

ヤルンツァンポという名は耳慣れないかもしれないが、その意味は象徴的だ。「上流の清らかな川」あるいは「天から流れ来る川」。南アジア有数の大河・ブラフマプトラの上流部にあたる。標高およそ5,000メートル、二筋の氷の流れが一つに合わさる地点に端を発し、そこからヒマラヤの北側をたどって下る。道中、雪解け水や夏の雨、そして後に効いてくる微細な岩粉を取り込み続ける。自然が与えるサンドペーパーだ。

山との攻防

長い区間、ブラフマプトラはヒマラヤと並走するが、やがて標高7,000メートル級の壁に行く手を阻まれる。回り道か、突破か。川は後者を選ぶ。破城槌のように岩の山塊へ突っ込み、世界記録の峡谷が形づくられる狭い門をこじ開ける。そこで水はナムチャ・バルワを回り込むように鋭く曲がる。これが「ヤルンツァンポの大カーブ(グレート・ベンド)」だ。

比類なき深さの峡谷

峡谷は全長500キロ以上。場所によっては、川面からほぼ6キロの高さまで壁が立ち上がる。平均の深さはそこまでではないにせよ、規模の大きさはやはり掴みがたい。

峡谷底の標高はおよそ2,900メートルから600メートルまで変化し、区間によっては川が一気に落ち込む。1990年代に初めて許可を得て入ったカヤックの挑戦者たちが動揺を隠せなかったのも無理はない。全員が生還した初の遠征は2002年のことだった。

なぜ川は山に勝てたのか

科学者たちは、ブラフマプトラの勝因としていくつかの要素を挙げる。

何より、この営みは急がなかった。ヒマラヤが隆起を続けるあいだも、川は刻み続け、新しい岩が通り道をふさぐことを許さなかった。

守られてきた土地

この場所は古くから神聖視されてきた。とりわけ、レインボーの滝(21メートル)とヒドゥン・フォールズ(30メートル)は特別な存在で、地元の人びとはできる限り所在を伏せてきた。容易に近づけない場所ほど、かえって過度の関心を集めがちだからだ。いま、中国は峡谷一帯で大規模な水力発電計画を検討しており、報道ではすでに準備作業が始まっているとされる。この先の展開は、まだ定まっていない。

キャニオンかゴージか、その違い

この区別をめぐって、地質学者たちは長年議論してきた。

ある定義では、キャニオンは川がほとんどを占める細い谷、ゴージは川に加えて道や小さな集落さえ収まる幅がある谷とされる。別の定義は側壁の角度を重視し、キャニオンの側壁はほぼ垂直であるべきだとする。そうした基準ではグランドキャニオンが王座を守る。だが、純粋な深さでいえば、ヤルンツァンポはそれをはるかにしのぐ。

すべてが始まる川

チベットの高地で、ヤルンツァンポは小さな氷の舌のように生まれる。やがてブラフマプトラとなるころには、地球上のどの谷よりも深い通り道を刻み終えている。地域の人びとにとって、この川は長く示し続けてきた。どれほど堅固な障壁も、たゆまぬ働きかけには屈すること。そしてひと筋の割れ目が生まれれば、いずれ命はその先へと道を見いだすことを。